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notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

岡山地方史研究会7月例会

学会/研究会/イヴェント

7月5日(土)に、岡山地方史研究会の7月例会に参加させてもらいました。この研究会は、大学教員のみならず自治体の職員、高校教員、そして一般の歴史愛好家たちでなり、35年にわたって活動を続けてきた筋金入りの研究会です。こういう活動が継続的にできるところに、県としての歴史に対する意識が如実に表れているように思います。

今回の企画は、雑誌『歴史学研究』で去年11月から今年1月にかけて組まれた特集「史料の力,歴史家をかこ む磁場-史料読解の認識構造」の論文を合評するというもの。少ないながらも西洋史関係の論文が寄稿されていたことから、それを担当してくれないかと3月に頼まれておりました。

当日の様子はこちらのブログ記事で。企画された大門先生や執筆者達が岡山に集結して盛会になりました。宣伝の甲斐もあり、西洋史の学生も3人ほど来てくれました。

 

 

今回僕が担当したのは、

小野寺拓也「過程的な問い,引き出されるアクチュアリティ 」

原宏之「歴史の変動,歴史家の変革」

の2本。これらを評せよという課題を与えられて、当初は一体何をすればいいのか全く分かりませんでした。しかも与えられた時間は25分。準備段階でとり合えず、全く論文を読んでいなくてもある程度歴史学の素養のある人であれば理解できるくらいの内容、と設定しました。蓋を開けてみれば、参加された皆さんはよく論文を読まれていて、参加者の「勤勉さ」を熟知している他の報告者とズレがあったように思います。ともあれ、報告した中身は活字として会誌に掲載されるそうです。

以下、備忘録のために想起したことを書きなぐっているので、まとまりは全くありません。そう思って読んでもらえれば嬉しいです。

今回の準備は国際学会の発表準備が終わった6月中頃から始めたのですが、正直申せば作業は苦痛としか言いようのないものでした(大抵そういう時は疲弊して家に帰るので、家族に迷惑がかかって申し訳なくなります)。両論文を読み返してすぐに報告内容のコンセプトを明確にできたのにも関わらず、なぜか筆が進まない。なぜだと自問するもののよく分からない。しかし、その理由は当日質疑応答の中で明らかになりました。論文の執筆者達が、揃いも揃って今回依頼された原稿が苦痛で筆が進まなかった、と告白されていたのです。やはり、歴史家としての自分を振り返りつつ研究の作業机、舞台裏を赤裸々に書くのは辛いのです。そしてそういう辛さがよく分かるので、僕も論評が辛かったのだと思います。

他にも辛さの原因がありました。僕は自分の報告で、必然的に現在授業でも講読している遅塚忠躬『史学概論』に触れることになり、特集をその次のステップとして位置付けようと思っていました。しかし、「科学としての歴史学」を守るために確かな事実があると強調する(し過ぎる)遅塚本に最近大きな違和感を抱いており、もはや客観的な事実など無く、多くの人が「事実」として認識しているからそれをそれとしてとりあえず学問の俎上に載せることができる、とでも考えておけばいいのではないかと思うのです。案の定、当日の質疑では「事実」の問題や「科学としての歴史学」の問題が出てきました。しかし、それらに固執することで歴史学はどれくらい実り豊かになるのでしょうか?

さらに、当日執筆者の小野寺さんが感想を述べる際に「なぜ日本では歴史家の主体性がここまで問われなければならないのか」と疑問を呈していたのがすごく印象的でした。これは本質をついた指摘だと思ったのですが、司会はスルーして次の方の感想を聞くことに。しかし、これは日本史に立脚している人達からコメントを頂きたかったです。小野寺さんも述べていましたが、「歴史家の主体性」に関する特集が主要雑誌で組まれることはありません。それは多様であるべきで、問うまでもないからだと僕は思っています。この「主体性」への異様なまでの固執は、むしろ各人の主体性が脆弱で承認欲求に満ちているがゆえなのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。ワールドカップで日本代表が「自分たちのサッカー」なるものに固執して惨敗したのは記憶に新しいところ。しかし、本当に主体性があるのなら(=自分たちのサッカーがあるのなら)逆にそういうものにこだわらない気がするのです。つまり、主体性を問うよりは研究対象を問うべきだろう、ということです。

総じて、最低限自分の報告では問うまでもないことを回避したい。そう考えながら論評の原稿を書くのはなかなか難儀でした。それでの、面白かったといってもらえたのは幸いでした。

翌日に渡英が控えていたので懇親会は遠慮することに。小野寺さんや松原さんとゆっくりお話ししたかったですが、またの機会に。