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notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

演習室の掃除

一昨日の金曜日で正規の授業期間が終わり、学生はみな試験も終えて一段落。そしてこの週末は岡山で一番大きなお祭り(おかやま桃太郎祭り)が開催されています。娘の保育園でも「うらじゃ」と呼ばれる踊りの出し物をしておりました。

そうした中、岡大の西洋史研究室でも大学院生が中心になって演習室(学生のたまり場)の掃除が行われました。今回の課題は昨年の引っ越しの際に雑然と入れられた本を整理すること。他分野の本も紛れていたのでそれを除外し、西洋史関係の本を棚ごとに「辞書類」「一般・概説」「古代・中世史」「近代史(国別)」に分類して配置しました。かなり使い勝手が良くなったのではないかと思うので、学生諸氏のさらなる活用を願うばかりです。

そして昨夜は暑気払いを兼ねて打ち上げを。大学院生とOBの人が来て、我が家3人が合流し楽しくビールを飲むことができました。そこで買ってきてくれた吉備土手下麦酒は本当に絶品です。ベルギーのトラピストビールを彷彿とさせる味わいは衝撃的です。会は(上記お祭りもあって)少人数でしたが言いたいこと言い放題の楽しい会となりました(娘も「いーとーまきまき」を歌って「りょーたくん(院生の名)のおーくーつー」を大量生産するくらいリラックスしていました)。

つくづく研究室運営をする上で大学院生は貴重だと思います。旧帝大の場合、研究室の雰囲気は大学院生が決め、学部生のとりまとめは彼らがやります(助教や嘱託も重要)。岡大では大学院生の人数が少なくそれを担う慣習がこれまで育っていなかったのですが、今のM2、M1は自ら動いて今回の掃除や勉強会、さらにはこれから予定されている研究室旅行の企画をしてくれています。僕も彼らと一緒にやるのがとても楽しい。

一番悲しいのは、西洋史の学生と授業を通してのみの関係になることです。特に人文系だと、どうしても教員・学生間にザッハリッヒな関係が生まれがちですね。「研究に多く時間が割けるから良いのではないか?」という意見が聞こえてきそうですが、学生とのコミュニケーションがあっての研究であることは、理系の業績を上げている研究室や僕がトリーア大学で体験してきたことが証明しています。

学生は最終的に卒論まで書くわけで、教員は自分がどういう営みをしているのかを如実に伝えるべきですし、個人的な研究や学務にこもってしまうのは、お互いにとってネガティヴな結果しか生まないと思っています(つまり教員の立場からすれば、最終的に卒論指導がより負担になってしまう)。

幸い上の先生が学生の面倒見が良いので、僕はその良い雰囲気の中で関わらせてもらっています。岡大西洋史を盛り上げるため後期にどういうことができるか、またゆっくり考えようと思います。