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岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

三浦麻美「MobilesとImmobilesーアポルダのディートリヒ『聖エリザベート伝』に見る13世紀の財と施し」

週末に、三浦麻美「MobilesとImmobilesーアポルダのディートリヒ『聖エリザベート伝』に見る13世紀の財と施し」『人文研紀要』第74号、2012年、43-65頁、を読んだ。

本論文は、アポルダのディートリヒ『聖エリザベート伝』の寡婦産と施しに関する記述を分析している。この聖人伝で描かれるテューリンゲンのエリザベートは、13世紀ドイツ語圏で輩出された最も著名な女性といってよい。その清貧思想に基づく行動は生前から人々の共鳴を呼び、その中には皇帝フリードリヒ2世も含まれる。

著者は、女性が清貧を実践するためには財の所有・用益権が必要であるという矛盾を指摘し、そこに清貧思想を代表する女性と財の関係という立論の正当性を見出す。まずエリーザベトの生涯を簡単に追い、死後列聖までのスピード(4年)を清貧思想を普及させたい教皇の戦略と指摘する。エリーザベトに対するフランシスコ会、とりわけアッシジのフランチェスコの影響について論争があるようだが、それは積極的に肯定してよい気がするがいかがであろうか。

続く史料分析における具体的な分析方法は、ディートリヒの『聖エリザベート伝』とそれが部分的に依拠した教皇の審問記録『四人の侍女の証言集』の比較である。議論の肝は、『聖エリザベート伝』でmobiles/immobilesが動産/不動産のみならず人間の可死性/不可死性と結びつけられ、この2つの概念が救済史的意味を帯びている点。

「おわりに」では、「それによるとエリーザベトは不動産を拒否して財をすべて動産に交換して残りの生涯で貧者に施しを続け、その行いゆえに死すべき人間だった彼女は死後に聖人として不滅の恩寵を得た。つまり、エリーザベトはより好ましい財である動産を所有し、執着せず施しに用いたために徳ある富者として描かれているのである。」とし、その上で清貧思想の展開を理解する上で神学書や説教史料の他に聖人伝も有益な知見を提供するとしている。

mobiles/immobilesと13世紀清貧思想の関連について勉強になった。しかしこの概念セットを論じるためには、他の事例・文脈をしっかり考慮に入れないと実際のところはよく分からないので、さらなる議論の可能性があるように思う。