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岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

ザールブルクと城塞研究

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7月半ばに、トリーアから電車で15分ほどのところにあるザールブルク(Saarburg)へ行ってきました。

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ザールブルクはモーゼル支流のザール川沿いにある山城で、交通の要所であることから10世紀にはすでに史料に登場します。トリーア大司教が築城し、借地契約などでルクセンブルク伯などに貸し出されることはあっても、基本的に大司教の支配は継続し、13世紀以降の領国形成の重要拠点になります。当日は雨がちで風が強く、のんびり観光というわけにはいきませんでしたが、一通り見所は押さえてきました。

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ザールブルクの目玉は運河が作る滝です。かなりの水量を目の前にして、迫力に圧倒されました。この高低差を利用して、中世には水車が回っていたということです。水車の権利は都市支配の重要な一要素で、例えば1217年にトリーア大司教ディートリヒ2世が作成させた『トリーア大司教と教会との年次収入台帳』にはザールブルクの水車の利用強制権(Mühlbann)が明記されています。

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今ではその名残が観光名所となり、この周辺にレストラン、カフェが密集しているのですから面白いものです。そのうち地元のワイン醸造所が経営している小さなお店に入ったのですが、料理と共に美味しいリースリングをいただけました。

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そしてこれが山城。物見の塔は暗く狭い階段を上ると長上に出ることができ、ザール川やそれを取り囲むようにしてあるワイン畑を一望できます。こうして実際に登ると、主に河川交通に対する関税を目的とした城塞の立地の必然性が理解されます。

ザールブルクおよびトリーア大司教の城塞政策については法制史家の櫻井先生の論文があります。

櫻井利夫「ザールブルクの城塞区と城塞支配権」『法学』63巻6号、2000年、775-812頁
櫻井利夫「トリール大司教の自由所有城塞ザールブルクの城塞支配権とシャテルニー」『法制史研究』53号、2003年、81-112頁

櫻井先生の仕事は、トリーアを含むモーゼル地方を扱っておりしばしば参照しています(上記史料『トリーア大司教と教会との年次収入台帳』は『法制史研究』の論文で詳しく論じられています)。その専らの主張点は、ドイツのブルクヘルシャフトはフランスのシャテルニーに酷似していたということです。カロリング朝の後継国家において公権力が細分化し、こうした城塞支配権が乱立していくという点で、細かな違いはさておいて、ドイツもフランスも同様に発展していたことがうかがわれます。