notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

シトー会修道院ザーレム

8月にコンスタンツに滞在した折、念願のザーレム(Salem)を訪れることができた。かつてシトー会修道院としてボーデン湖周辺に多数の所領を得、大いに栄えたザーレム。この修道院は珍しく中世を通して帝国直属の地位を保ったのだが、それはひとえにドイツからイタリアへ抜ける途上に位置しており、歴代の国王にとって手放すことができない修道院だったということなのであろう。このあたりは。帝国フォークタイの議論を一通り追うと書いてある。

さて、まずはコンスタンツ駅から電車でボーデン湖に沿って対岸に渡ることにした。ザーレムはやや内陸に位置するため、船でヴァカンス気分を味わうのではなく、大量の自転車と一緒に電車に揺られること1時間。

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シーズン中に限り、DBのザーレム駅からこのErlebnisbus(体験バス?)が頻繁に出ていて、これに乗るとものの5分で到着。「ザーレム城」と書いてあるのは、近世になってザーレム修道院長が世俗諸侯に類似する地位を得て、本来の修道院の建物の隣に宮殿をこしらえていたから。

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これがその宮殿。これまで結構修道院は訪れているが、この規模の建物が併設されているのは見たことが無い(ザンクト・ガレンのカテドラルは除く)。

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そしてこれが教会堂。大きい。残念ながらこの中では撮影が禁止で、これ以上写真を上げることができない。一言感想を言えば、バロック様式でごてごてしていた、ということくらいか。参加したツアーは教会堂〜回廊〜宮殿と続いて終わりとなる。残念ながら中世の面影は無いに等しく、近世以降の発展の跡を追うことになる。しかしシトー会修道院の場合、実際に訪れると、その立地も含め本当に多くのことが分かる。

ザーレムについては以下の文献を参照のこと。一番上が証書史料集。

Codex diplomaticus Salemitanus. Urkundenbuch der Cistercienser-Abtei Salem (1134-1498), 3 Bde., hrsg. von Friedrich von Weech, Karlsruhe 1883-1895.

Werner Rösener, Reichsabtei Salem. Verfassungs- und Wirtschaftsgeschichte des Zisterzienserklosters von der Gründung bis zur Mitte des 14. Jahrhunderts, Sigmaringen 1974.

Reinhard Schneider (Hrsg.), Salem. 850 Jahre Reichsabtei und Schloss, Konstanz 1984.