notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

博士論文提出

ブログでは1ヶ月振りであろうか。先のエントリーはちょうど博士論文の最終修正を始めた時期で、そこから息継ぎなしの生活が始まり、ブログどころではなかったというのが正直なところ。そういう時に絶好の息抜きになるのがツイッターで、人文系の方々の存在にはいつも励まされている。

 自分が属する第三専門分野(Fachbereich III)のことしか分からないが、ドイツのトリーア大学(Universität Trier)では博士論文の提出日時は特に定められていない。年に2回と決まっているところもあるようだが、ここでは全て個人で部局(Dekanat)とアポイントメントを取り、提出の日時を自分で決める。アポの取り方はいたって簡単で、担当者の部屋のドアに貼ってあるリストに名前を書き込むだけ。原則水曜日の午前中のみとのこと。1ヶ月前に意気込んで名前を書きに行くと、なんと、10月半ば、つまり冬学期の開始まで休暇だという。10月前半は小学校などの秋休みともかぶるため、大人は休暇を取って実家に帰るなどして子どもの相手をするのである。ああ・・・。

仕方ないので受付再開初日、つまり10月17日の10時半の欄に自分の名前を記入してきた。その時は9月中に修正を終わらせて、10月は読みたい文献でも読もうとたかをくくっていたのだが、そうは問屋は卸さない。指導教授の厳しい指摘に調べ直し、史料を読み直し、としているうちにあっという間に提出間近。しかも必要な手稿史料が手元に無く、直前にコブレンツの州立中央文書館に足を運んだ。あの時は諸事情あって急いでトリーアに戻らねばならず、コブレンツ駅の構内を走っていたら足が絡まって派手に転んだのはよき思い出である(←運動不足)。

そうやって提出前日の11時頃、駅前に新しくできたコピー屋にUSBスティックを持ち込むことに成功したのである。提出するのは3部、予備も含め4部を見かけの良い、しかし強度は簡易製本と違わないハードカヴァーで作ってもらった。一部A4で340ページくらいなので、合計140ユーロはまあ妥当か。これを当日仕上がりでやってもらった(無論事前にどれくらい時間がかかるか調査してあった)。

こうして翌17日午前中の提出を迎えたのである。思い起こせば6年前、日本の修士課程、博士課程と勉強していたことをほぼ白紙に戻したのは、自分にとって必然であった。その理由を説明しろと当時問われたら押し黙っていたかもしれないが、自分はそれが最善と疑わなかった。昨日ツイッターで某大学では卒論、修論、博論と研究内容を変えないことがスタンダードだという話を聞いて度肝を抜かれた。中には研究内容を変えると怒る先生もいるという。確かに学生も指導教員も、そのやり方が一番効率的である。また既発表論文をそのまま入れ込むことも可能だそうなので、博論を書き上げる頃にはしっかり業績リストが延びていることであろう。果たしてこれで良いのかは、無論よく考えてみなければならない。

ともあれ、6年かけて一から研究史を勉強し、中世盛期から後期という時代、そしてシトー会という未知の修道制をゆっくり勉強できたのは幸運でした。まだまだ読めていない重要文献は山ほどありますが、それは今後の課題に。今は年末年始に予定される口述試験の準備をすることにします。口述試験についてはまたエントリーを改めて。