notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

フランス語講座でフランス語以外に学ぶこと

フランス語講座の続き。

フランス語をドイツ語で学ぶのは、ドイツ語をそこそこ学んでいればあまり難しいことは無い、というのが実感である。しかもそこはやはり同じインド=ヨーロッパ語族、基礎的な文構造が似ているので、列記すると実に分かりやすいのである(ボキャブラリーは滅法異なるが)。参加者は、「ドイツ語ではこうだけど、フランス語ではこうじゃないのか」とドイツ語で質問する。よくよく考えてみるとこういう類推は日本語では難しく、母語が足掛かりになるからこそ、上達が早い。

しかし、そうした類推作業をする中で、色々と面白いことに気付く。先日授業で過去をどう表現するかを学んだ。「avoir+過去分詞」、ないし「être+過去分詞」で表現すると。ふむふむ、それは知ってるし、ドイツ語でもそうだ。「おっ」と思ったのはどの動詞がavoir支配で、どの動詞がêtre支配かを理解するさなかのこと。aller等動きを表す動詞のときはêtre、ということを先生が話している時、参加者同士で「じゃあschwimmenはどっちだ?」と議論になった。さらに「じゃあsitzenは?」と。

興味深いのは、普通のドイツ人の間で意見がまっ二つに分かれるところである。無論辞書を引けば、例えばsitzenについてドイツの南北(南にはオーストリアとスイスを含む)でそれぞれhabenとseinが用いられる、といったことが書いてある(もう少し詳しく書くと、そもそもsitzenは座った状態を表す動詞なので理屈上habenの方がしっくりくる)。しかし、彼らはおそらくそういう地域差等は知らないし、使い分けをしているわけではない。この不揃いな感じは、そんまま普通のドイツ人の感覚なのであろう。

だからといってhabenとseinを間違えて使用してはいけないのだが(例えばIch habe nach Paris gefahrenとか)、こういう事情を目の当たりにして、少し気が楽になったのは事実である。ドイツ語でフランス語を学ぶことの効能は、まだ他にもありそうだ。