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岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

読書メモ 西川洋一「フリードリヒ一世・バルバロッサ期の国王裁判権」

ご無沙汰しています。博論の完成に向けて尽力している中プライヴェートでも色々あり、おかげさまで充実した毎日を送っています。現在自分の受入研究者である西川洋一先生から本論文の抜刷りを頂きました。簡単に紹介致します。


西川洋一「フリードリヒ一世・バルバロッサ期の国王裁判権」渡辺節夫編『ヨーロッパ中世社会における統合と調整』創文社、2011年、9-35頁

はじめに
1 比較対象としてのオットーネン期
2 シュタウフェン期
おわりに

本論文の最大の強調点を端的に指摘すると、中世ヨーロッパの紛争解決の仕方をアルトホフらが打ち出した「政治の競技ルール(Spielregeln der Politik)」で荒く理解することで、法制史研究が追求してきたところの裁判制度の発展の意義が見えなくなる、ということである。中世初期から盛期にかけて看取される裁判という法的形式の変化・発展。本論文は、これをオットーネン期とシュタウフェン期に発給された国王証書を比較検討するという手法で明らかにしようとしている。

証書の検討から、「裁判(判決手続)」と「仲裁」という国王裁判所における新たなシステムが萌芽としてこの時代に現れたことが指摘される。特に後者の「仲裁」については注意が必要で、筆者の指摘する通り、この概念として広く捉えようとすると際限がなくなり、それこそ中世初期にも見られ、なんら目新しいものではなくなってしまう。集団で判決を発見することで一つの紛争を解決に導くことではなく、あくまで国王(裁判所の主宰者)が判決人として間に入って直接決定を下す。この手続きが「仲裁(Schiedsspruch)」であって、より一般的な「仲介(Vermittlung)」とは区別すべしという主張がなされる。こうして概念規定を丁寧に行うことで、初めてその歴史的意義が浮かび上がってくることが、本論文を読むとよく分かる。