notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

抽象的な思考の放棄

一日暴風雨にさらされ、自宅が街から離れて山の上にあるため外出する気も起きずずっと家で掃除やらをしていました。おそらく風のせいで家の電気が不安定になり、10分くらい停電になったりも。やれやれという心境でネットの切断されたパソコンに向かっていました。

夕方になってから依頼のあった日本語の文章に取り組んでいました。普段ドイツ語で比較的平易なことを考察・アウトプットしているので、久し振りに日本語で「それなりの」表現を書き連ねるのは大変難しいものですね。それと同時に気が付いたのですが、修道院に関わる社会史を中心的に扱っていると、思想史等の抽象的な思考は全くしなくなります。原則、史料に何が書いてあるか、のみ。自分の関心として例えば境域の問題であるとか、そういう地域における文化の融合・衝突の問題といったそれなりに抽象的な思考を求められる課題はあるのですが、大量の史料に向き合うにあたって、それらは思考上棚上げされています。これでいいのか、という思いが一方にありつつも。

日本で活躍されている方々がネット上で発信されているのを見るにつけ、色々な問題意識を持って理論的・抽象的な考察を積極的に進めておられるなと感心させられます。それとはややずれますが、最近

ミクロコスモス―初期近代精神史研究 第1集 (シリーズ・古典転生 別巻1 初期近代精神史研究 第 1集)

ミクロコスモス―初期近代精神史研究 第1集 (シリーズ・古典転生 別巻1 初期近代精神史研究 第 1集)

が各所で紹介されています。編著者の平井浩さんとはまだ面識はないですが、欧米で活躍されている日本人がこのような書物を(日本語で!)出版されたのはただただすごいとしか言いようがありません。次回一時帰国した際は是非手に取りたいと思います。ここ2年程、できるだけ早く博論を仕上げるべく意図的に博論に関係のない本はシャットアウトしているため、理解・吸収できるのかはなはだ疑問ですが(笑)、楽しみにしています。