notatione digna?

岡山大学でドイツ地域を中心に西洋史(中世史)を研究している大貫俊夫のブログ。

ザンクト・マティアス修道院

明けましておめでとうございます。今年も細々と、そして時に(=気が向いたときに)精力的にブログを更新していけたらと思っています。

さて、年が明けてからトリーア西部にあるザンクト・マティアス(St. Matthias)修道院に行ってきました。この冬はとにかく寒く、過去3回の冬とは比べものになりません。この日も例にもれずとても寒く、カイロをお腹に貼るもあまり効果はありませんでした。


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正面から。時代により意匠の変遷が見られるが、現在はロマネスク期の建築様式を再現。


ザンクト・マティアスは、ローマ時代の集合墓地に修道士が参集して作られたと考えられています。古代以来のキリスト教的/非キリスト教的な聖地(Sakralort)に修道院の基礎が築かれるのは非常によく見られ、トリーアではちょうど旧市街を挟んで向かい側にあるザンクト・マクシミン修道院がそれに当てはまります。いずれも戦後行われた発掘調査で大量の石棺と遺骸が見つかっています。


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教会堂後陣天井とステンドグラス


977年頃にベネディクト戒律を導入し、初代トリーア司教オイヒャリウス、二代目司教ヴァレリウスの遺体を埋葬していることからこの頃はまだSt. Eucharius修道院と呼ばれていました。


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オイヒャリウスとヴァレリウスの石棺はクリプタに並ぶ。


しかし、1127年に十二使徒の一人聖マティアの遺体が発見されると、St. Matthias修道院として多くの巡礼者を惹きつけ、主にトリーア大司教の保護の下繁栄期を迎えました。


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主祭壇の手前に聖マティアの像が横たわっている。


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その真下に遺骨の入った聖遺物箱が置かれている。


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回廊は(おそらく戦災で)崩れた部分がそのままになっている一方、木造の部分も残っている。


完璧に修築されて観光地化した修道院とはまた違う趣があります。しかし外はどうにも寒く、やや早足で一周するのが限界でした。


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最初教会堂に入ると黒ずくめの修道士らが昼12時半からの時課をやっていました。ベネディクト会はシトー会とはまた違った雰囲気があります。それが終わって静寂が戻ると、オルガニストの卵がレッスンが始まりました。